自分で引き上げるのが至高興味深い。それはピアノが教えてくれた。

いま久々にピアノを弾き直した。3クラスほど余裕があるため、いよいよ最初は滅多に弾けない。相当腹立たしい。前は面白く弾けたのに。
(前のように弾けない)自分にイライラしてしまうこともあったが、1曲はじけるようになると以前の清々しく弾いてた調がよみがえる。
鍵盤と自分の指を見ながら呂律にうっとりする。大層幸せな一時だろう。それほどネットでピアニストが弾いてる画像や音源を聴くが、
何やら精鋭や私より賢い人の呂律より自分で好きなように弾いていらっしゃるほうが歓迎らしき。
そういえば、以前読んだ書籍にこうした書き込みが書かれていた。「ビートルズがロマンスが要るとして、その人はビートルズを100万回聴くより、一括自分で公演始めるほうが至って幸せなのだ。」(一端中身を変更している)おやそういうことか。ピアノが好きな私は、ピアノを聴くよりピアノを自分で弾くほうが幸せなのだ。
よりピアノが好きになった。
余裕歳月も含め、ピアノと出会ってもう8クラスが経った。わたしにとってピアノとは果たしてなんなのか、時に自問する。
返答は未だに定まってない。状況によって色々な手答え・情緒が込み上げる。ただ、どんな時も「わたしはピアノがお宝です」と胸を張って当てはまる。
小学5クラスの状況、ピアノに出会ってよかったととても思っている。お嬢様酵素ダイエット